継続賃料評価における賃料の前払い的性格の一時金にかかる諸問題の2回目として、礼金の償却期間設定について考察してみたいと思います。
礼金の償却期間についての問題点と実務的に一般的な取り扱い
礼金の償却期間設定の問題点は、前回コラム(⇒(1)総論)で書かせていただいた通りですが、概略を申しますと、複数地点で賃料を検討する必要がある継続賃料では、償却期間の設定次第で、
- 直近合意時点で運用益・償却額が発生
- 価格時点で運用益・償却額が発生せず(償却済)
となって、鑑定評価額としての支払賃料が不合理な結論になり得ることです。
この様な中で、私が聞き及んでいる範囲内では、上記を解消するため、
- 原契約締結から直近合意時点までの間で、平均賃貸期間が満了している場合は、直近合意時点で償却済として処理(これで直近合意時点・価格時点の双方で償却済になります)
- 直近合意時点で平均賃貸期間が満了していない場合は、直近合意時点の少し先まで償却期間を延ばすことで処理(これで直近合意時点・価格時点の双方で償却未了となります)
するのが、実務的に一般的な取り扱いかと思われます。
これはこれで一定合理性のある処理だとは思うのですが、理論的な根拠という点ではちょっと厳しいと思います。
礼金処理の性格を再考
ここで、私見では有りますが、償却期間設定を含む礼金の処理について再考してみますと、
- 価格評価における礼金処理が、将来予想される礼金の適正な期間配分であるのに対し
- 継続賃料評価における礼金処理は、双方当事者間の契約意思解釈(及び利益調整)
になります。
ただし、実質的な契約期間が契約締結時に明確ではない普通借家契約においては、礼金の償却期間に対する明確な定めがないのが通常ですので、双方当事者間の(黙示の)合理的意思解釈(及び利益調整)になります。
この点に鑑みれば、20年等の長期契約の場合には、双方当事者の契約期間に対する意向が明確ですので、借地における権利金的な極めて高額な礼金が入っていない限り当該期間を償却期間とするのが妥当な解釈と思われます。
礼金の償却期間に関する当事者の感覚(アンケート)
上記の前提に立つと、礼金の償却期間の設定は、礼金に対して契約当事者がどのようなものととらえているかが重要な手掛かりとなります。
本来的には、物件オーナー・テナントの双方の分析が必要でしょうし、物件の種類ごとに検討も必要かと思われますが、
- 母集団はテナントの方が圧倒的に多いこと
- 物件オーナー側に明確な意向があれば、契約内容に反映しうること
- 大阪圏においては、礼金の差入れは、居住用物件において主に行われていること
から、居住用物件のテナントの礼金に対する感覚を、インターネットを通じたアンケートを取ってみました。
アンケートの概要は以下の通りです。
- アンケートの媒体:Lancers
- アンケート期間:令和2年7月初旬
- アンケートの対象:住宅を賃借したことのある方(18歳以上・男女不問・住所不問)
- 有効回答数:500件
住宅を賃借したことのある方限定の質問です。
住宅の賃貸契約時に礼金等(契約が終了しても借主に帰ってこない一時金・地方によって呼び名が違うことも有ります)が設定される場合があります。
家賃の前払い的な性格のものなので、礼金等の無い物件に比べて家賃は安めになっていますが、この礼金等のある物件について、あなたの率直な感覚・意見を教えてください。
礼金等のある物件について、あなたの感覚に近いものを以下より選択してください。
(1)平均的な賃貸期間は安めの賃料で借りられるが、これを超えると賃料の増額を言われても仕方がない。
(2)自分が入居している間ずっと、安めの賃料で借りられるはずだ。
※このほかにも質問を行っていますが、主要なもののみを挙げております。
(1)平均的な賃貸期間は安めの賃料で借りられる | 155人(31.0%) |
(2)自分が入居している間ずっと、安めの賃料で借りられる | 345人(69.0%) |
以上の結果を見ますと、(2)『自分が入居している間ずっと、安めの賃料で借りられる』が多数派を占めました。
私が昔賃貸したことのある物件では、礼金と家賃の関係を契約時に選択出来て、
- 礼金40万円ですと家賃8万円
- 礼金30万円ですと家賃8.5万円
- 礼金が無い場合は家賃9.5万円
というような設定でした。
この契約の際には、「〇年住んだらどっちが特になって…」と考えて選択を行いましたので、選んだ以上はそのスプレッドを維持できる((2)の発想)でした。
以上を踏まえた一時金の償却期間設定に対する私見
前記アンケート結果より、テナント側の発想に基づいて一時金の償却期間設定を行いますと、
- 平均賃貸期間をベースに償却期間を設定して運用益・償却額を計算
- 当該期間経過後においても、当事者間の関係性において当該運用益・償却額を継続させる
という処理が妥当という事になります(要するに、礼金によって恒久的な賃料のスプレッドを購入したという発想に立った処理です)。
この様な解釈が、物件オーナー側にいたずらに不利になるかと言いますと、
- 物件オーナーは実際に運用するわけではなく、受領時点で収入にしているわけですし、
- 前述のとおり明確にしたければ契約に織り込むことも可能なものですので、
許容範囲内と判断されます。
もちろん、地域の特性・契約内容・契約改定経緯等も踏まえる必要が有りますし、当初契約が過去の遠い時点等の場合は償却済とする処理が妥当な場合も有り得るかと存じます。
典型的なモデルケースとしての処理である点は、ご承知置きください。
この記事のまとめ
この記事では、
- 継続賃料における賃料処理の性格
- 礼金償却期間についてのアンケート結果
- 以上を踏まえた継続賃料における償却期間の処理
について、私見をまとめてみました。
おそらくは、私しか主張していない処理方法だと思いますし、検証方法等に不十分な点も有ろうかと思います。
是非是非、同業の方のご意見等も拝聴させていただいたうえで、当該論点の理論整備を更に進めていければと思っております。