地代評価において、積算地代導出の際の基礎価格を『更地』とすべきか『底地』とすべきかの論争がある。
基礎価格を『底地』とする見解はバブル期の都心部を中心に主張されていた見解であり、関西圏においては下火になってしまった感があるが、現下においても東京都心部の継続賃料評価においては一般的な見解との事である。
また、公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会編集・発行の第14回実務修習・指導要領テキストにおいても継続地代評価の部分において底地を基礎価格として作成された評価書の例が掲載されている。
この度、第14回不動産鑑定士実務修習(基本演習第4回目)の講師を担当させていただく中で、当該論点について自分なりに考え方を整理する機会を得たので、本コラムにおいて、当該論点についての私見をまとめてみた次第である。
本コラムでは、
- 鑑定評価基準及び留意事項によって『基礎価格論』を整理したうえで
- 基礎価格を底地とする見解が出てきた背景を探り
- 現下の土地賃貸市場等の変化も勘案して
- 現下において採るべき方法論(私見)
と展開していきたいと思う。
鑑定評価基準等における記載
この争いに付き、まずは鑑定評価基準等にさかのぼってみる。
鑑定評価基準において、『基礎価格』については以下の通り定義付けられているが、これのみでは『更地』とすべきか『底地』とすべきかが明確ではない。
基礎価格とは、積算賃料を求めるための基礎となる価格をいい、原価法及び取引事例比較法により求めるものとする。
但し、「宅地の限定賃料を求める場合」において、以下の記述が有り、ここからは『更地』が念頭に置かれているものと推測される。
宅地の限定賃料の鑑定評価額は、隣接宅地の併合使用又は宅地の一部の分割使用をする当該宅地の限定価格を基礎価格として求めた積算賃料及び隣接宅地の併合使用又は宅地の一部の分割使用を前提とする賃貸借等の事例に基づく比準賃料を関連づけて決定するものとする。
また留意事項では、基礎価格を求める際の留意点について以下の記載があり、この中で底地を基礎価格とすることは、相当に無理があると言わざるを得ない。
① 宅地の賃料(いわゆる地代)を求める場合
ア 最有効使用が可能な場合は、更地の経済価値に即応した価格である。
イ 建物の所有を目的とする賃貸借等の場合で契約により敷地の最有効使用が見込めないときは、当該契約条件を前提とする建付地としての経済価値に即応した価格である。
基礎価格=底地論の背景
この様に、基準・留意事項の文言からは無理があるにも関わらず、基礎価格=底地論が主張される背景として、理論値たる地代(更地を基礎価格とする地代)と、現実の地代水準との乖離が指摘できる。
大阪においても、バブル期の商業地等ではかかる現象がみられたことから、基礎価格=底地論による鑑定書が多くみられたのであり、東京都心部においては、特に旧法ベースの借地の地代水準が極めて低廉であることから、旧法ベースの継続地代評価において現下においても基礎価格=底地論による鑑定書が多くみられるのであろう。
もう少し詳細に踏み込むと、実際実質地代が月額20万円程度の中で、更地を基礎価格として(素直に)積算地代を求めると月額100万円等の数字が出てくるとする。
これをベースに差額配分法を適用しようとすると、差額が大きすぎて配分の説明が困難になるし、1/2配分等を行うと差額配分法による試算賃料だけが他の試算賃料よりも上方乖離することに成る。
この中で、基礎価格を底地とすることで、基礎価格が圧縮されることから、積算地代も圧縮しやすくなる。
例えば底地割合(なるもの)を30%にして、前記の更地ベースの際に使用したものと同じ期待利回りを使用すれば、月額33万円の積算地代が求められる。
これにより、1/2配分による配分法を適用しても、まだ目に優しく、他の試算賃料とのバランスも取れるようになる。
尚し、基礎価格=底地とする立場を取った場合、(圧縮された)積算賃料が新規賃料たる『正常実質賃料』を正しく表示しているのか?という疑義が生じる。
少し前の東京都心部における継続地代評価の場合で考えてみると、
- 旧法ベースの借地は、新規の設定が存しないことから、正常実質賃料は積算法のみで求められることが大半であった。
- かかる積算賃料を検証するにも、借地権の新規設定事例が希少であったので、検証手段も存しなかった。
ことから、『正常実質賃料』を適正に把握することが困難であったことから、かかる問題が顕在化することが少なかったものと推測される。
当該主張の理論的背景には、『本件土地を取引する際は、借地権が控除された価格(=底地価格)で取引される。よって土地所有者にとっての元本価値は底地価格である』という発想がある。
確かに旧法ベースの底地が廉価で取引される事実もあるが、契約当初から所有者が変わっておらず権利金の差し入れもない場合に「自己の資産価値が借地契約により激減する」とするのは余りにも酷であろう。
また、地代は当該土地の使用・収益権に対する対価であるのに、土地の使用・収益権の存しない底地を元本価格とみるのは、論理的にも無理がある。
現下の土地賃貸市場等の変化
昨今の土地賃貸市場について改めて考えてみると、事業用定期借地制度の普及の中で、定期借地ベースの地代については観測が容易になってきている。
もちろん、旧法ベースの普通借地とは性格が異なるものではあるも、鑑定評価書の中で示した『実際実質賃料』と、定期借地ベースの地代水準(こちらは更地を基礎価格として意思決定されている)に大きな差異があっては説明が付かなくなる。
また、鑑定評価基準において、新規賃料を求める方法として『賃貸事業分析法』が導入された点も大きな変化である。
当該手法は、適用の難易はともかく都心部における地代水準の市場として有用なものであるから、今までの様に積算法一本で正常実質賃料を求めるというのは難しくなった。
更に、当該手法によって求められる地代は、手法の特性上、更地を基礎価格とした地代に近似する数値が導出される傾向にある。
以上より、現下においては、『正常実質地代』は、賃貸事業分析法による試算地代・定期借地ベースの地代水準と均衡を得たものとして求めざるを得ず、とすると、底地を基礎価格として求めた積算価格は、正常実質地代導出の中で、逆に扱いづらいものとなる。
現下において採るべき方法論
この様な状況の中で、地代の極めて低廉な東京都心部における継続賃料評価を行う際の方法論を、自説を含めていくつかのパターンにまとめてみる。
1.賃料差額が大きく出るのは気にせず、配分で調整(自説)
まずは、基礎価格は更地としたうえで、正常実質賃料は賃貸事業分析法による試算地代・定期借地ベースの地代水準と均衡を得たものとして素直に求める。
かかる正常実質賃料をベースに差額配分を行えば、賃料差額が大きく出るのは当然であるが、この差額発生の原因は直近合意時点において適正賃料水準よりも低位な賃料で合意した点に存する。
私的自治の原則・契約自由の原則の例外として機能する賃料増減額請求権が対象とするのは、直近合意時点以降の事情変更によって生じた不具合であることから、1/2配分等はなじまないものであり、直近合意時点からの事情変更に相応する部分のみを適正に配分することになる。
もちろん、配分率の説明には十分な説明が必要であるが、鑑定評価基準・留意事項等にも適合的であり、ある意味シンプルに評価書が作成できる。
2.『差額配分法で使用するべき新規賃料』等の概念を自分で定義する
前述の通り、底地を基礎価格として積算賃料一本で正常実質賃料を求めるのは、現下においては鑑定評価基準との整合上無理がある。
よって、『差額配分法において使用するべき新規賃料』(底地を基礎価格とした積算賃料と同水準の賃料)等の概念を、自分なりに定義付けて作り上げてこれを導出し、かかる独自概念の賃料を差額配分法で使用することで差額を縮小する方法も考えられる。
この方法によれば、差額は小さくなることから目に優しく、1/2配分等でも妥当な結果を導き出し得る可能性が高い。
但し、独自概念を明確に定義し、その概念の必要性を論理的に説明し、導出ロジックを破綻なく説明することは、相当に難易度が高い作業であることは覚悟する必要があるだろう。
以上